I think so./I feel so.

漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

惡の華/押見修造



惡の華』はだいぶ前から気になっていたものの、購入にまで至りませんでした。
妻が出産の為、実家に帰省しており、やることのなさからついつい全巻大人買いしました。
読み進めるうちに、自分とストーリーを重ね合わせ、自分にとっての思春期を振り返ることができたと思います。
内容は抜群に面白いです。 続きが早く読みたいです。アニメ化もされます。
そんな惡の華は中学編と現在連載中の高校編に別れていて、7巻途中から高校編となります。
中学編を中心に、私の感想を書いていきます。

※壮大にネタバレしています、ごめんなさい。

惡の華(1) (少年マガジンKC)

惡の華(1) (少年マガジンKC)

 
 
「『向こう側』なんて無い」ことを自覚する中学編

中学編の舞台は山に囲まれた地方都市。中学2年の子達が抱える思春期のどろどろが描かれます。
ふとしたはずみで憧れのクラスメイト・佐伯の体操着を盗んだ春日。その様子を仲村に目撃されてしまいます。この町というフレームに収まりきれない自我=「変態」を仲村に見出された春日は、山の向こう側や秘密基地に、仲村と共に自分達がいるべき理想郷を求め作ろうとし、クソムシどもの海から脱出を図ります。
春日は佐伯を交えた奇妙な三角関係に悶絶しながら、結果として試みはことごとく失敗します。絶望ばかりを春日と読者に残し、中学編は終わります。
もやもやした読後感が残りますが、程度の差はあれども思春期はそれをなにかで思い知るものだよな、と私は思いました。
 

仲村について

仲村には、二人で求めた理想郷である「向こう側」も結局クソムシの海に沈むこの町と同じであることが初めから薄々分かっていたようです。
それでも「向こう側」に執着したのは、変態をさらけ出せる春日が、自分の下の方の変態を引きずり出してくれることを期待したからでしょう。
仲村は春日が好きなのか?
私はもちろん好きなんだと思います。
仲村は自分の恋愛感情にひどく鈍感もしくは極度に恐れているのだと思います。
自分で自分の気持ちが分からない・もう一人の自分が自分の中にいる、思春期特有のこの症状は、仲村が一番よくそれを表しているように思います。
春日は仲村の中に「向こう側」を求め、仲村も春日を「向こう側」への同伴者として認めます。
ものすごくナチュラルに春日と仲村は身体を寄せ合い、手を繋ぎ合います。でもそれだけ。読んでいて恥ずかしいくらいプラトニックです。過程はひどく歪んでますが…
仲村は佐伯と異なり、性を武器にしないのです。
時々春日は勝手に仲村に性を感じますが、仲村はそれを全く意図していません。そもそも仲村にとって、性的なものは全て唾棄すべきクソムシどもの営みでしかないようです。
この春日と仲村の関係こそ、春日が佐伯へ2巻で告白した際に発した、春日の理想の恋愛を表すのであろう言葉「純粋でプラトニックなお付き合い」そのものだと思います。プラトニックで歪な春日と仲村の愛情はどんどん純度を高め、夏祭りの日に心中を決意するに至ります。クソムシどもを罵り、山の向こう側に大輪の「悪の花」が咲き、いよいよというところで仲村が春日を突き飛ばし、自分だけ死のうとしたのは、折り合いのつかない自分自身を始末するのに春日を巻き込めない、春日を守りたい気持ちからの行動だと思います。


仲村と佐伯の対比と三者三様の拒絶

性的なものを否定しつつ、しかし無自覚な性を春日に接触させるうち、春日の中で崇高な天使だった佐伯と理解不能な存在である仲村のポジションが入れ替わります。
4巻以降、「向こう側」には一生行けない、誰かの期待通りに自分を演じて、本当の自分がない、そんな空っぽの自分を埋めるのは春日と共に生きることであると思い定め、自分の存在意義を春日に求め続けるうちにどんどんグロテスクになる佐伯と対照的に仲村は描かれます。
自分が佐伯のグロテスクさを引きずり出したにもかかわらず、春日はグロテスクな生身の佐伯を受け容れることができません。
佐伯は「向こう側」を拒絶し、春日は佐伯を拒絶し、仲村は春日を(結果として)拒絶します。三者三様の、それぞれに身勝手で純粋な、思春期のどうにもならない絶望を私は感じました。
しかし、繰り返しますが、その絶望を実体験として思い知るのが思春期だと思います。


高校編について

心中失敗で二人は離れ離れ、別の町に引っ越し、仲村の消息も分からないままの春日の、3年後のストーリーが現在連載中の高校編です。
高校編では季節は夏から冬になるのに加え、役割の入れ替えが行われているように思います。中学編での仲村の役割を今度は春日が、同じく春日の役割を常磐が、佐伯の役割を晃司が務めているのではないでしょうか。
まだ進行中なのでどうなるか分かりませんが、私は基本的には中学編の追体験・やり直しになると思います。ただ、中学編の正体不明で初期衝動的でひたすら純粋な自意識を発見するのではなく、少しオトナになり、発展性のあるものと捉え直せた自意識を得ながらやり直せるのではないかとも思います。
同じ作者の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』のように、です。
仲村は登場しないような気がします。
出てくるとしたら、中学編のやり直しを終えた後になると思います。

志乃ちゃんは自分の名前が言えない

志乃ちゃんは自分の名前が言えない



佐伯について

でも、私は佐伯がやっぱり本当にかわいそうだと思う。
一番おかしくこじれてしまったのはこの人だ。
進行中の高校編で登場した佐伯、あそこではああ言うしかないもの。


その他、表現で気になったこと

仲村のメガネと春日の「悪の花」のイラスト
仲村のメガネ付け外しと春日の背景に時々描かれる「悪の花」のイラスト、意味合いは同じだと思います。メガネを付けているときは閉じている、外したときは開いている=皮がひんむかれている状態ではないかと。
が、教室を荒らした夜の仲村、メガネつけっぱですね。。。

クソムシの海
海なんだから「果て」は無い訳で。行っても行ってもずっと海。ってことは「クソムシの海」に沈む町、その町を囲む山の「向こう側」なんてやっぱり無いという結末を暗示する表現だと思う。

絵柄について
所々、柏木ハルコの絵に似ている様な気がする。特に教室をめちゃくちゃに荒らした夜、絵柄も込みで『ブラブラバンバンみたいだった。
物語が進むにつれて、絵柄がオトナっぽくなるのは、成長に合わせて意図的に絵柄を変えているんだろうか。

ブラブラバンバン 1 (ヤングサンデーコミックス)

ブラブラバンバン 1 (ヤングサンデーコミックス)



まとめ

私も物語の舞台と似て山に囲まれた、雪国の盆地の町で18歳まで過ごしました。
私の過ごした町の夏は短く、冬は長い。夏は山の針葉樹の重い緑と平地の稲の軽い緑しか目に入らないし、冬は来る日も来る日も重く暗い灰色の空から、白く冷たい雪が降り続けます。
私の思春期も今思えば、それなりに鬱屈して、周りを拒絶していました。作中に何度か登場する「ここには居場所が無い」という言葉。私もそう思っていました。
過疎化が進み、ここで暮らし続けるには農業か肉体労働か工場労働か公務員以外に職業も無い町に、自分の居場所があるなんて思えない。こんなどん詰まりの終わりの見えた町で、当たり前みたいにここで暮らすことを選ぶどうしょうもない連中と、死ぬまでここで生きるなんて考えられない、当時は本気でそう思いました。
一分一秒でも早く、何とかここを抜け出したい。抜け出さないと死ぬ。
町のありとあらゆるもの、全てに折り合いがつかないように思えたのです。家族、クラスメイト、先生、先輩後輩、町の住人、どいつもこいつもクソムシに確かに見えた。
そんな「ここではない何処か」を求める気持ちは、思春期の普通の感情なんだということが、惡の華を読んで、今更ですがわかりました。
私はクソムシどもの住む灰色の町を15で片足抜け出して、18で完全におさらばして東京に出てきたけれど、「向こう側」なんてやっぱりなかった。
がっかりした、心底。
でも結局のところ、ふがいない自分も訳の分からない自分もひっくるめて自分なんだと認め、周りの人や環境がどうこうではなく大事なのは自分がどうなのか?ってことに気付いて、だいぶ楽になった。
思春期をこじらせてしまった春日も仲村も佐伯にも、温かな結末が用意されていたら嬉しいです。
 
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惡の華(7) (講談社コミックス)

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