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漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

コミックス『惡の華/押見修造』第8巻の感想

閉塞感と過去からきた暗殺者

コミックス『惡の華押見修造』の第8巻が6月7日に発売されました。私自身、『惡の華』を手に取って読み始めたのは今年の2月頃、別冊マガジンの連載でいうと第42話からで、ちょうどこの8巻収録分の第38話から41話迄は初めて読みました。待ちに待った8巻ですが、これ迄以上の重さを感じるストーリーが展開されていました。

惡の華 (8) (講談社コミックス)

惡の華 (8) (講談社コミックス)




殺傷力の高いリア充の世界

※ネタバレ注意
前半で描かれるリア充の溜まり場での、春日くんがピザ食わされたり好きだった子の名前を言うゲームを強要されるくだり、私は読んでいていたたまれない気持ちになりました。この場面では常磐さんが助けてくれますが、その常磐さんも彼氏である晃司くんと揉めてしまいます。しかしこれがきっかけで、常磐さんがどういう女の子なのかが見えてきます。晃司くんの怒りは、常磐さんが、彼氏である自分も入ったことのない常磐さんの部屋に春日くんを入れたことにやきもちを焼いている程度ですが、常磐さんの怒りは根深いものでした。部屋に入れてくれないことにカベを感じると晃司くんが言えば、じゃあ晃司はそのカベを壊そうとしてくれたことはあるのか?空っぽなのよ、晃司は!と常磐さんが返します。常磐さんは溜まり場から出て行ってしまい、残された春日くんはとっとと消えろよ、と追い出されます。


常磐さんの部屋、常磐さんの世界

常磐さんの部屋というのは、常磐さんが自分と自分を取り巻く世界に対し作った「カベ」です。そしてその部屋の中で棚に収められたたくさんの「本」は誰にも明かしたことのない「常磐さんそのもの」です。読書を愛し本を愛し、小説を書きたい常磐さん。そんな彼女の世界は、彼女を取り巻くリア充達には理解されることはなく、彼女自身も理解を得ることを諦めてしまっています。
春日くんは常磐さんの部屋に入ったこと、本を借りたことなどを「幽霊」のくせに分をわきまえなかった行動として自分を責め、一度は常盤さんと距離を置くことを決めます。しかし、周りに合わせてリア充を演じることに疲れた常磐さんが春日くんにこぼした言葉に考えを改めます。

「私も結局空っぽなんだけどさ…」
「…何か…私…」
「ずっと無理してたのかなぁ…」

そう呟く常磐さんの横顔に、春日くんは再びメガネの仲村さんの面影を見る。そして春日くんはこう言うのです。

「オレも空っぽな人間だよ」
「だからオレ…もうやめようと思ったんだ」
常磐さんから本を借りるのは」
「僕はどこまで行っても空っぽだから」
「…でも」
「やっぱり貸してほしい…もっと」
「あと…常磐さんの書いた小説」
「読みたい」

まっすぐ常磐さんを見据えて語りかける春日くんに、常磐さんは嬉しそうにそれを了承しました。


プロットの余韻、木っ端微塵

常磐さんはカラオケボックスで春日くんに小説のプロットを見せます。プロットを読んだ春日くんは涙を流しながらその感想を常磐さんに伝えます。それを聞き常磐さんはいても立ってもいられなくなり、続きを頑張って書くことを春日くんに約束します。
しかし、二人で歩くその帰り道。
匂いに呼び起こされる体操着の記憶。
過去からやって来た暗殺者・佐伯さんが春日くんの目の前に現れます。佐伯さんは小泉くんという春日くんに似た彼氏を連れています。懐かしいね、連絡先を交換しようという佐伯さんの求めに応じてケータイを差し出す春日くん。テンションだだ下がりの春日くんは常磐さんに小説頑張ってねと言うのがやっとの状態です。自宅に帰ると両親は喧嘩の真っ最中。借りた本に手を伸ばして、ただいたずらにパラパラめくったところで頭には入ってきません。そこに佐伯さんからメールが来ます。明日会えないか?と。一瞬ケータイを叩きつけようとしますが、思い直したのか、わかった、と返信します。


虐殺される春日くん

翌日、春日くんの心は佐伯さんに虐殺されます。ランチで入った店で、話題が仲村さんに移った途端でした。冷酷な佐伯さんの本性が露わになります。常磐さんが書く小説を読むのがあれからはじめて見つけた、今の自分の生きるよすがだと春日くんが言えば

「あのコも」
「不幸にするの?」
「仲村さんの代わりに自分をなぐさめる道具にして」
「めんどくさくなったら捨てるんでしょ?」

と斬って捨て、

「そうなるよ」
「だってあのコは仲村さんじゃないから」

と畳み掛け、更には

「ずっと逃げてたんだね あの日から」
「私からも」
「あの町からも」
「仲村さんからも逃げて」
「一生そうやって」
「逃げつづけていくんだね」

と、自分と向き合わなかったこと、過去から目を背けていることをなじり、最後は憐れむような蔑むような表情で、こう言ってとどめを刺して一人去っていくのです。

「わかってたよ…そんなの」
「…でも」
「でも…」
「がっかりした」

心中を図ったあの日の、春日くんを突き飛ばし「ひとりで行く」と言った仲村さんを思い出し、店の中で声を殺して泣く春日くん。この時、春日くんは小説の展開に迷った常磐さんからの電話をわざとシカトしてしまいます。その後常磐さんには晃司くんからの謝罪と、今から会えないか?という電話が入るのでした。


よく似た二人

春日くんと常磐さんはとてもよく似ていると私は思います。趣味もさることながら、二人とも周囲に見えないカベを作り、本当の思いを隠して生きています。春日くんは自罰的で、嫌な目に遭うことが予め分かっていながら、溜まり場に同行したり佐伯さんの呼び出しに応じます。それは嫌な目にあえて遭うことで許されることのない自分を罰した気になりたいから。そして幽霊として本当の自分を隠して生きている。常磐さんも周囲にカベを作り本当の自分が見えないようにして、本当の自分は理解されない状況にわざと身を置くような行動を取る。読者目線では二人とも明らかに惹かれあっているのが分かりますが、にも関わらず関係が進展しないのは、それぞれが置かれた状況の問題(既に常磐さんに彼氏がいたり)もありますが、二人とも幽霊として生きていて、春日くんは罪人である自分が人並みに恋愛するなど許されないと考えていること、常磐さんは自分が周囲に作ったカベを、自分でも壊せなくなってしまっていること、この二つが原因だと思います。常磐さんは誰かがそのカベを壊してくれることを期待しています。そんな常磐さんが春日くんを部屋に入れたのは、春日くんが自分の目の前に現れた初めての本好きな人間だったから。プロットという自分の核心部分をさらけ出しても否定されることなく受け入れられたことで常磐さんは春日くんにより強く惹かれていき、春日くんがカベを壊してくれないかと期待しています。しかし春日くんは佐伯さんの登場によりますます自閉する状態に陥り、その上、絶妙なタイミングで電話をした晃司くんにより常磐さんは揺らいでしまうのでした。
また、仲村さんに対し受身で引っ張られるのを待っている中学生編の春日くんと、春日くんに自分のカベを壊してくれることを期待している常磐さん(これは8巻ではなく、別冊マガジン掲載・第43話ラスト2ページの常磐さんの表情が物語ります)も、他力本願的な点においてやはり似ています。
ちなみに春日くんが常磐さんも自分と同じように本当の自分を押し殺して幽霊として生きていることに気付くのは、次巻に収録されるはずの別冊マガジン掲載・第44話です。


まとめ

思春期を迎えて自我が目覚めはじめ、自分は周りのクソムシどもとは違うということを証明するために自分を取り巻く世界をあざ笑うような悪事を重ねるも、結局自分も同じクソムシだと思い知り、ならばと自死を試みるが失敗する。失敗した後に続く無様な人生の中でどう生きて成長し新しい価値観を見つけるのか?というのが『惡の華』の主題であると私は考えています。破滅しきって終われば美しいだけの物語ですが、特別でも何でもないただの人間が、そんなにうまくいく訳がない。ここに『惡の華』の圧倒的なリアリティがあります。破滅することもできず生かされてしまう凡人が味わう、過去に囚われていることから生じる苦しみや閉塞感、そんな生活の中にさえもあるかすかな希望の光、それがこの8巻では描かれています。


仲村さん

仲村さんは登場しないものの、高校生編でも引き続き重要な存在です。仲村さんがどんな人物なのか、読者が直接的に読み取れる箇所は全編通して大変少なく、なかなか理解が進みません。私も正直よくわからないです。仲村さんを理解する上で、現時点で最も適確に表現されていて、なるほど!と私が思ったのは、アニメ版『惡の華』第4話から6話まで流されたオープニングテーマ『惡の華 -仲村佐和- /宇宙人[ゲストボーカル:後藤まりこ]』で歌われる、この歌詞です。

仕方がなくてここにいる
どこへいってもおんなじだ

これをアニメ版4話で聴いた時、思わず膝を打ちました。この歌詞を作ったのはゲストボーカルの後藤まりこで、さすがだな、と思います。この曲のおかげで、自分の中では仲村さんの輪郭がが少しはっきりしてきたように思います。
http://youtu.be/N4wbgsFz7vE
リンクはボーカルが後藤まりこではなく、宇宙人の1stシングルとして発売中の『惡の華』です。後藤まりこのゲストボーカル版は6月26日発売の『惡の花譜』に収録されています。

アニメ「惡の華」コンセプトE.P.「惡の花譜」

アニメ「惡の華」コンセプトE.P.「惡の花譜」

エンディングテーマ「花」のフルサイズ版も収録されるので、ぜひ買いたいなと思います。

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