「変態」の帰還と答え合わせの旅
あの夏の仲村さんへの拘泥と、あの夏に抱え込んだ罪の意識に、それぞれ見切りをつけて、常磐さんと生きることを決めた春日くん。しかしその過去をさもなかったように振る舞うことはできない。そんな中、おじいちゃんが危篤となり、両親は桐生に帰るこことなる。それに同行する春日くん。過去と向き合う旅が始まる。
- 作者: 押見修造
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/01/09
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コミックス『惡の華/押見修造』第10巻のあらすじ
※ネタバレ注意
3年半振りに訪れる故郷・桐生。周囲の親戚たちの春日くんへの視点は冷たい。
春日くんが席を外している間に祖父は亡くなり、親戚の少年達に「おじいちゃんが死んだのは高ちゃんのせい。おじいちゃんは高ちゃんに死ぬところを見られたくなかったんだ」と春日くんはなじられる。春日くんは少年達に迷惑を掛けたことを謝罪した。
通夜の受付に立つ春日くん。そこにおじいちゃんのご近所だった木下さんが弔問に訪れる。春日くんが木下さんを呼び止め、あの夏のことを謝罪する。木下さんが話がしたいからとファミレスで会う約束をした。
ファミレスで春日くんは佐伯さんに会ったことを木下さんに話すと、木下さんは「自分だけおいてけぼりだ。あの時、どうすればよかった?」と泣き出す。木下さんは春日くんに仲村に会いたいかと聞く。わからないと答える春日くんに、仲村さんの居場所が書かれたメモを渡す。
大宮に戻り、久しぶりに登校し常磐さんと再会する。下校時に常磐さんの家に寄り、常磐さんから小説が出来たので読んで欲しいと言われるが、春日くんは今の自分には読めないと断り、過去の出来事を告白する。
困惑する常磐さんに春日くんは「君と生きるために仲村さんに会いたい。その後、常磐さんが許してくれるなら小説を読ませて欲しい」と言う。常磐さんは「小説は読ませられない」と言って原稿を破り捨て、家を飛び出した。
追う春日くんは橋の上で常磐さんを捕まえる。放せと言われても春日くんは「絶対に離さない」と引き下がらない。「じゃあ私にキスできる?」と問いかける常磐さん。春日くんは常磐さんにキスする。常磐さんは「私も仲村さんに会いに行く」と言う。
木下さんにもらったメモ…銚子の外川で食堂をやっているという情報を頼りに現地に向かう二人。それらしき食堂に入り、注文して待つと仲村さんが店の買い物の手伝いから帰ってきた。「春日です。覚えてる?会いにきたんだ」と声をかける。仲村さんは微笑みながら「ひさしぶり」と答える。
※各話ごとのもう少し詳しいあらすじは当ブログの下記エントリを見ていただければと思います。
別冊マガジン2013年9月号『惡の華/押見修造』第48話の感想 - I think so./I feel so.〜takashi_itoの読書感想文〜
別冊マガジン2013年10月号『惡の華/押見修造』第49話の感想 - I think so./I feel so.〜takashi_itoの読書感想文〜
別冊マガジン2013年11月号『惡の華/押見修造』第50話の感想 - I think so./I feel so.〜takashi_itoの読書感想文〜
別冊マガジン2013年12月号『惡の華/押見修造』第51話の感想 - I think so./I feel so.〜takashi_itoの読書感想文〜
別冊マガジン2014年1月号『惡の華/押見修造』第52話の感想 - I think so./I feel so.〜takashi_itoの読書感想文〜
3年半振りの桐生での謝罪
夏祭り以来3年半振りに帰った桐生で、自分がしでかしたことがどこまでの範囲に迷惑を掛けたのか、春日くんは改めて知ることになります。
大人たちは表面上は普通ですが、何処か値踏みをするような、様子を伺うような微妙な反応を示しますが、親戚の少年達の反応はストレートでした。
償うと言っても正直何をどうすれば、と私は思うのですが、詰め寄った少年達も償いとは何なのか分かっていないようにも思います。ただ言葉の雰囲気で言っているような、そんなシーンでした。
取り残された木下さん
木下さんは佐伯さんに善かれと思い、仲村さんと春日くんのことをチクりますが、結果として一人桐生に取り残されました。
あの行動は本当に佐伯さんを思ってのものだったのか?私は違うと思います。
あのチクリは、佐伯さんを守るというより、佐伯さんを春日くんに持っていかれない・自分から離れないで欲しいという気持ちからの行動と考えます。
あの夏、木下さんも含めた4人(仲村・春日・佐伯)は、全員が自分のことだけしか見えていない、幼いエゴの塊でした。そのエゴに、木下さんも3年半、苦しめられています。彼女は春日くんに伝え聞いた佐伯さんの言葉「ふつうに幸せ」に、ようやく苦しみから解放されたのです。
常磐さんの困惑
春日くんの告白を、常磐さんはどんな気持ちで聞いたのでしょうか。表情からは激しい困惑が見て取れます。君と生きるために仲村さんに会いに行く、という春日くんの言葉、その真意を確かめるように「私にキスできる?」と問いかけます。そして春日くんとキスして、彼女も腹を括るのです。
「あの時の仲村さんはもういない」は何だったのか?
木下さんの言葉に動揺し、仲村さんから未だ離れられないでいることを春日くんは自覚します。そうすると、前9巻の「あの時の仲村さんはもういない、今いるのは今の仲村さんだけ」と言うあの言葉は何だったのか?ということになります。
それについて私は次のように考えます。
あの時の仲村さんへの拘泥により、春日くんは常磐さんへの恋心に蓋をしてきた訳ですが、幻の洋館の前で仲村さんの幽霊を見て春日くんは気付きます。夏祭りで突き飛ばされ以来死んだように生きてきた自分が拘泥していたのは、あの時自分を突き飛ばした仲村さんであり、その仲村さんに殉じて死にたかったあの時の自分が感じていた甘美な罪悪感だったと。あの時の姿のままの仲村さんの幽霊は、あの時のままの仲村さんは今のこの世にはいないことを意味することに気付いたのです。そして自分も幽霊の世界から抜け出そうと決意しました。
木下さんからメモをもらって仲村さんへの恋愛感情が復活したのではありません。不意に聞いた仲村情報が何であれ、春日くんの想いはあくまでも常磐さんにあり、常磐さんと歩む未来にあります。
その未来に対し未清算の過去が立ちふさがることのないよう、常磐さんと付き合い始めてもなお見ないふりをしてきたトラウマ「櫓の上で仲村さんに突き飛ばされた理由」を、本人に問いたださねばならないと春日くんは考えたのです。繰り返しますが、仲村さんに恋心や未練が復活したのではありません。常磐さんと歩む未来のためです。常磐さんもそれをキスによって理解しました。