読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

I think so./I feel so.

漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

『惡の華/押見修造』で描かれる「町」の呪い

レビュー 感想文 惡の華 アニメ 漫画 悪の華 別冊マガジン 読書 押見修造

「町」を切り口に読む『惡の華

惡の華』では桐生*1という町*2が物語において重要な意味を持っています。中学生編では舞台となり、高校生編では町から放逐された春日くんが描かれるためストーリーにはほとんど出ませんでしたが、最新48話から再び桐生が舞台になります。この桐生という町に視点をおいて『惡の華』を読むと、『惡の華』を紹介する時に使われがちな「思春期もの」という切り口とはちょっと違った趣が楽しめます。今回はそれを私なりに紹介してみたいと思います。

惡の華(4) (講談社コミックス)

惡の華(4) (講談社コミックス)


町の特徴

山が周りを囲う盆地にこの町はあります。町中を川が流れるので水が豊富で昔から人が住み着き、それなりの発展をしてきたようです。
しかし今は錆びた鉄とパチンコ屋と雑草だけ*3。町の人間はどこに行くにも車を使うので、普段町はゴーストタウンみたいに誰も歩いてない*4。それでも夏祭りの日はどこにいたんだというくらい大人も子供も老人もヤンキーも警察も、みんなが町に出てくる*5。ここは典型的な田舎の都市と言っていい。おそらく国道沿いに次々とホームセンターやらショッピングセンターやらが開店して人はそちらに流れ、宅地も郊外に広がり、中心地の商店街は廃れシャッター街となっているのでしょう。
中心地に古くから代々で住まう人々の価値観は人口の流出とともに滅びつつあり、郊外の宅地に住む人々の価値観は乖離していくなか、全ての住民を辛うじて繋ぎとめるのが夏祭りなのでしょう。この夏祭りは人を呼び寄せる・呼び戻すので中心地に古くから住まう人々にはより大きな意味を持つものと考えられます。このように田舎の都市が抱える問題全てが垣間見える、この作品で描かれているのはそんな町です。
しかしそれでもこの町は、ここで生まれてから死ぬまでの一生を過ごすことが今現在でも十分可能な、ひとつの「世界」を構築しています。

  • 町の特徴まとめ
    • 山に囲まれた盆地
    • 水が豊富で古くから人が住む
    • 中心地の過疎化が進む
    • 町の古い価値観は徐々に滅びつつある
    • 夏祭りが人々を繋ぎとめる
    • この町だけで人は一生を送ることが可能


町の価値観、町の掟

この古い町はこの町だけで人生を完結できる「世界」で、それはこの町そのものが求心力を持ち、人々を引きつけて離さないということでもあります。また、逃げようとするものを町の周りを囲む山が阻むという構造になっています。そしてこの町に生まれ、この町で生きて行こうとするならば、守らなくてはならない掟があるのです。
人や情報の交流・流通が容易になる近代化によって、日本全国が文化的に均質化してきたこの歴史の流れはもちろんこの桐生をも飲み込んでいて、町の求心力は低下しつつあり、それが先程挙げた特徴にも表れています。
町に焦点を合わせると、この『惡の華』という物語は、この町の価値観を脅かす者は許さない、という町そのものの強固な意思に春日くん・仲村さん・佐伯さんが翻弄される物語であると読めるのです。


反逆者・仲村さんと春日くん

町の向こう側を志向する仲村さん春日くんは町で生きてセックスして子孫を残して死んでいくというこの町の価値観に反旗を翻した異端の反逆者です。仲村さんが反逆者になる過程は不明ですが、春日くんはお父さんの影響でボードレールや文学にはまるなかで、町の価値観に疑念を抱いている様子が描かれています*6
このふたり、一度は山の向こう側への脱走を試みますが、春日くんに町の価値観を飲み込ませるために町が遣わした「天使で女神」の佐伯さんに引き留められ、町があらかじめ持つ脱走防止装置たる山を結局越えられずに補導されます。


町と反逆者の抗争

ふたりは「向こう側」を山の先に求めることを諦め、町の中でふたりだけの「向こう側」たるパンツ小屋を作ります。ふたりは夜な夜な集まってはここで町の最重要イベントたる夏祭りをターゲットに、町のやつらがいっぺんに目が覚めるようなテロを企てます*7
町は佐伯さんと木下さんを使いその計画を察知します。再び佐伯さんを春日くんへの刺客として送り出します。佐伯さんは町で生きようとする者が知らなくてはならない町の掟を告げます*8

して
春日くん
しなきゃいけないの
みんな
して生きていくの
ここで…この町で

これは「ここで生きるつもりがあるなら佐伯さんとセックスしろ、それで町の秩序を乱したことは許してやる」という町からのメッセージでもあります。
春日くんがこれを拒否すると佐伯さんは強硬手段に出て無理やりセックスし、パンツ小屋に放火、現れた仲村さんに春日くんとセックスしたことを告げます。テロ組織の分断を計っての行動です。
ここから町の非情さが露わになります。町は警察の捜査による圧力の他、手先である佐伯さんを捨て駒にし、木下さんを悪事を言い触らすスピーカーにすることでふたりに更なる罰を与えようとします。ふたりはこの夏一杯で町から追放されることとなりました。
佐伯さんが捨て駒にされるのは理由があります。実は佐伯さんはふたりの行動にシンパシーを感じており*9、それを敏感に察知した町が佐伯さんを危険分子として始末したのです。


町の勝利、処刑される反逆者達

反逆者ふたりはただ追放されるのを待つなどという生ぬるい心根は持ち合わせていません。TV中継される夏祭りの八木節が行われる櫓の上での焼身自爆テロを決行するのです。
町の価値観の上に暮らす全ての人々をクソムシどもと罵る演説が響き渡りますが、結局は反逆者達の仲間割れ*10もあり、何とか最重要イベントでの最悪のテロは阻止されましたが、この様子を目撃した人々の間では、町が人々に提示している価値観は大いに揺らいだことでしょう。


町の強烈な呪い

反逆者ふたりと捨て駒の佐伯さんはどうなったのでしょうか?反逆者ふたりは町の価値観を揺るがした罪により、佐伯さんは町に捨てられることにより、それぞれ強烈な呪いをかけられることになります。
まず仲村さんは消息不明。ろくな目には遭ってないことは容易に想像できますし、何と言っても最新9巻146P、仲村さんと思わしき右手に滝のように血が流れ落ち、滴るあのイラスト。何を意味するのか…
佐伯さんはあんなに町の価値観維持に身体を張ったのに哀れにも宇都宮に放逐です。その後も春日くんに執着し続け、希望の白い花は未だに見つけられず*11
春日くんは大宮に追放された上、魂を洋館にぶち込まれ幽霊状態の3年を強いられます。しかし、町という世界とは切り離された別の世界で生まれ育ち、あの町とは何の縁もゆかりもない、つまりあの町の呪いが全く通用しない人物たる常磐さんに出会うことで呪いから解放されます。


呪いは解けても町の春日くんへの罰は終わらない

常磐さんによって呪いが解けたからといって、町から見れば春日くんの罪は許されたわけではないのです。それどころか新たな罰を与えようとしてくるのです。それがおじいちゃんの死です。
おじいちゃんの危篤を餌に町は春日くんをまんまとおびき寄せました。そしてその場に居たにも関わらずおじいちゃんの死に目に会わせないという罰を与えます。これは町の意思に従い、死にゆくおじいちゃんと親戚が仕組んだ罠です。
そして従兄弟に罵られる。おじいちゃんの葬式では参列者の冷たい視線が春日くんを刺し貫くのです。


誰が町の価値観を作ったのか?

これまでさも町に人格があるかのように私は書いていますが、町には人格なんてありはしません。春日くんが対立する町の価値観は、桐生という土地の環境や風俗といった風土の影響を受けながら住まう人々が無意識下で代替わりを繰り返しながら長い時間かけて作り出したもので、明確な実体のあるものではありません。こういったものを集合的無意識と呼びますが、桐生ならではの集合的無意識が春日くんと仲村さん以外の人物に働きかけて動かしているのです。


価値観と価値観のせめぎ合い

このように町に視点をおいて改めて『惡の華』を読むと、ただの思春期青春ものではない物語のもうひとつの姿が浮かび上がってきます。それは土地にまつわる古い価値観「人間の魂は生まれ育った土地を拠り所とし、その土地のコミュニティの構成員として生き死にを繰り返すのが幸せとする考え」と新しい価値観「人間の魂の拠り所は自由に選べるもので、例えば町の外で見つけてもいいという考え」がぶつかりせめぎ合う姿です。
新しい価値観は太平洋戦争後の高々70年でようやく定着しつつあるものです。対して古い価値観は土地に根ざすもので、何百年、あるいは千年二千年という期間で積み重なったものです。このため古い価値観側の町から繰り出されるカウンターとしての呪いは作中で描かれている通り、非常に大きく重い。その大きさ重さに翻弄される三人は、いずれどこかで許される日がくるのでしょうか?
私はこのエントリで町の凶悪さを拡大して書いていますが、実際のところ作者・押見はどっちの価値観がいいだの悪いなどというものを描いてはおらず、フラットに見つめ、描いていることを最後に主張しておきます。これは押見が登場人物それぞれの価値観を押見の価値観で上書きしていないからで、自分の内側にある材料をあるがままに描き出そうとする、語り部としての誠実さだと思います。

*1:作中で舞台が桐生であるという表現は見当たらず、群馬県の架空の都市「ひかり市」という設定のようで、コミックス1巻3Pに「ひかり市立南中学校」の看板が描かれています。しかし編集が書き加える扉ページなどのリードやキャプションには桐生と普通に書かれてしまっているのは設定を台無しにしているとも言え、どうなんだろうかと思いつつ、このブログでも舞台は桐生とさせていただきます。

*2:表記の揺れがあり、最新48話では【街】という表記になっている。

*3:コミックス3巻87P

*4:コミックス5巻62P

*5:コミックス5巻62P

*6:コミックス1巻35P

*7:コミックス5巻60〜63P

*8:コミックス5巻122P

*9:コミックス6巻59P

*10:コミックス7巻28〜32P

*11:コミックス8巻120Pイラスト