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漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

『うちのクラスの女子がヤバい/衿沢世衣子』の感想※ネタバレ注意

「思春期性女子突発型多様可塑的無用念力」略して無用力をめぐる女子と男子のふわふわ学校生活

今回紹介するのは『うちのクラスの女子がヤバい/衿沢世衣子』全3巻。
無用力というのは思春期の女子にだけ発現する超能力で、些細で無害、何の役にも立たないが、超能力っちゃあ確かに超能力…そんな力をもった女子だけを集めたクラス・1年1組で起きる、どこにでもあるようなフツーの出来事が無用力によってフツーじゃなくなる様が描かれた物語です。
ストーリーは1話完結で、誰が主人公ということもなく話し毎に変わります。単行本収録の時系列もややバラバラですが、1年1組が1年1組でいる間の1年間が描かれます。

無用力とは何か?

  • 脈拍が早くなると皮膚が透けて筋肉が見える
  • 思い悩むと身体から胞子が出て翌日キノコが生える
  • びっくりすると宙に浮く
  • 目をつむっているときだけ壁を歩ける
  • イライラすると指先がゲソになる

などなど、無用力は本当にしょうもない超能力。でも思春期の男子女子にしてみれば、なかなか厄介なものなのです。


野球部を応援したい女子が無用力を発動すると?

『うちのクラスの女子がヤバい』がどのような話なのかというと、例えば第5話「ミクニさんとおにぎり」(第1巻収録)はこんな感じ(以下ネタバレあり)。

目立たず地味に野球部を応援している1年1組の女子・ミクニさん。とてもシャイで人と話すときは小声になってしまうミクニさんだが、土曜日に野球部の練習を見ていた時に、野球部のマネージャーでクラスメイトの丹破ちゃんと会話したことがきっかけとなり、野球部に自分が握ったおにぎりを差し入れする。キャプテン以外の野球部員は美味しい美味しいとそのおにぎりを食べ、ミクニさんに感謝する。後日またミクニさんはおにぎりを差し入れし、またキャプテン以外全員が美味しく食べる。しかし、ミクニさんのおにぎりを食べた後に起きる異変にキャプテンが気づく。三度おにぎりを持ってきたミクニさんに、キャプテンは「部員のためにならないのでおにぎりはいらない」と言い放つ。キャプテンは部員全員を集め、おにぎりを食べなかったキャプテンだけが気づいた、ミクニさんのおにぎりの秘密を明かす。ミクニさんのおにぎりを食べると、食べたその日の記憶が消える、これが彼女の無用力だ、と。後日、練習試合を控えた野球部が過去の練習記録の動画をチェックしていると、毎回ミクニさんがグラウンドの外で野球部を見守っていたことを、部員たちは発見する。彼女のおにぎりをうまいうまいといって食べている映像も残っていた。丹破ちゃんは「それでも私はおにぎり食べたいしミクニさんのこと覚えていたい!」と言って、おにぎりの秘密についてミクニさんと話すため部室を出ていこうとする。その時、一人の部員が「オレ全部覚えてるんだけど」と申し出る。どうしてこの部員だけが記憶を失っていないのか。野球部全員が頭を悩ませる。部員は持参している水筒のほうじ茶を「飲む?」と差し出す。それを見て、おにぎりを食べている映像を再生すると、忘れていない部員が「ほうじ茶と合う〜」と言いながらおにぎりを頬張っていたのだった。ミクニさんのおにぎりは食べた日の記憶を消すが、ほうじ茶と一緒に飲み食いすると記憶が消されない。練習試合の日、グラウンドの外で観戦するミクニさん。おにぎりをたくさん握って持ってきている。もちろんほうじ茶も持参している。野球部員たちはミクニさんに手を振る。ミクニさんは大きな声で「がんばれぇ〜!!」と応援するのだった。

ミクニさんの無用力は、描かれた無用力の中でも相当出力の大きい無用力で、無用力とは言えないほどですが、それでもほうじ茶ごときに打ち消されてしまう。しかしそんな不思議極まりない力(この話の中でとある組織がミクニさんのおにぎりを入手してどこぞの国のお金持ちに届けられるという描写がある)が、野球部を応援するだのしないだの、その気持ちに応えたいだのなんだのと、非常にミクロな話の中にスルッと収まってしまう面白さがあります。
いくら不思議な事があろうとも、1年1組の少年少女たちにしてみれば、そんなことよりも日々起きる出来事のほうがよっぽど大問題で大事件です。
同じ委員を務める女子に避けられがちなことに思い悩む男子が、不可避だったアクシデントでたまたま着たTシャツに書かれた過激なメッセージを女子の無用力で見られていたのが原因だったことを突き止める話や、人物の写真を撮ると、その人物のことをその時思っている人を心霊写真のように写してしまう無用力を持つ女子は、自分の好きな男子が、自分じゃない女子に写っているのを見て暗室でへこんでいると、具合が悪いと勘違いした片想いの相手やらその彼が好きな女子やらクラスメイトが心配してワラワラと集まってきて大事になるけど、自分を撮った写真に今自分を心配しているみんなが写っているのを見て励まされる話など、思春期独特の自分と他者の関わりや摩擦から生じる出来事の中にとんでもなくおかしな無用力が普通の顔してしれっと絡んできます。


抜群に可愛らしい第7話「杣川、春宵一刻を知る」

どの話も面白いが、私が特に気に入っているのは第7話。学ランにヒョウ柄シャツ・ティアドロップなサングラスがトレードマークの虫取り少年・杣川(そまかわ)くんと、困惑すると髪の毛に花が咲く文学美少女・唯ヶ崎巻奈さんのストーリーだ。

その美貌で同級生上級生問わず好かれてしまうが、はっきり断れずに困惑しては髪に花を咲かせる唯ヶ崎ちゃんは、遂にはっきり断るスキルに覚醒し、男子生徒の26%を振って撃沈する。そんな中、隣の席の杣川くんが「次の土曜日夜7時にナナハ公園で会おう」と告げる。反射的に断る唯ヶ崎ちゃんだが、まるでそのパーソナリティが見えない謎だらけの男・杣川くんの真意がわからず、翌日思い切って聞いてみるが「見せたいものがある、後悔はさせない」としか答えてもらえない。それでも次第に杣川くんとの会話が増え、打ち解けていく唯ヶ崎ちゃんはとうとう土曜夜7時、ナナハ公園に行くことにする。
見たことのなかったサングラス無しの杣川くんに驚く結ヶ崎ちゃん。真っ暗な新月、夜霧の中ふたりでボートに乗っているときの唯ヶ崎ちゃんの笑顔に
「いままでない表情だった」
「笑った顔がかわいい」
と、今度は杣川くんが驚く。しかし杣川くんは結ヶ崎ちゃんの髪に一向に花が咲かないことに焦りはじめる。
「杣川くんといると楽しいから困ることなんて一個もないよ」
「想定外だ」と言う杣川くん。なぜなら杣川くんの本当の目的は、無用力の花に集まる蝶、特に新月の晩、霧深い河辺に現われる蝶の採集だったからだ。
「花を咲かせて蝶を見せてくれ!!」
花は咲かないどころか涙を落とす唯ヶ崎ちゃん。
「虫が見たかったんだもんね」
「花咲かないや」
「ほんとつかえない やっぱ無用力だね」
翌週の月曜日朝、唯ヶ崎ちゃんの隣の席にいるはずの杣川くんがいない。出席を取るといないはずの杣川くんの返事が聞こえる。窓の外を見ると窓拭きのバイトで習得したスキルを使った杣川くんがロープにぶら下がっている。唯ヶ崎ちゃんに呼びかける杣川くん。自分の無神経な身勝手さを詫びる。そして。
「あの夜の公園で見た唯ヶ崎巻奈の笑った顔をいつかまた見せてくれる日が来るまでオレは待つ!」
かつてない困惑に唯ヶ崎ちゃんの髪の毛に咲く花は満開状態になる。すると、その花に惹きつけられた、土曜の晩に見ることができなかったあの蝶が大量に現われる。
「もう全部ゆるすから!席に戻ってー!!」
気恥ずかしさのために机に突っ伏す唯ヶ崎ちゃんは「サイアクだ…」とうめき声をもらす。教室の後ろでは先生の「杣川くんはよとって〜」の声に「只今」と喜々として答えて杣川くんが蝶を捕るのだった。

この話の面白いところは、唯ヶ崎ちゃんの無用力で咲く花に集まる珍しい蝶というのは、実は杣川くんである、という構造だ。新月、河辺の霧の中の唯ヶ崎ちゃんの笑顔が珍しい花であり、杣川くん自体が珍しい蝶である。
観察力が売りのPDCA野郎・杣川くんは自分の身勝手さに気づき、無用力で咲く花やそれに集まる珍しい蝶ではなく、あのときの唯ヶ崎ちゃんの笑顔こそ、最も価値があることを知る。だから彼女に詫びるのだ。それがタイトル「春宵一刻を知る」にもつながっている。
そして唯ヶ崎ちゃんの涙からの「あの夜に見た唯ヶ崎巻奈の笑った顔をまた見せてくれる日をオレは待つ」での困惑しきった表情、突っ伏して漏らす「サイアクだ」の声。もう完璧だ。16歳の彼らの、あまりに眩しいその恋模様にニヤニヤが止まらない。なにこのふたりのかわいさ!?


誰もが持ってる思春期の感性こそが無用力

無用力として数々のしょうもない能力が女子、あるいは例外的に女子になりたい男子に発現するが、それは決して無用ではないし、本当の無用力は男子だろうが女子だろうが関係なく、思春期にある誰しもが持つ瑞々しい感性で、それは失われてしまうけれど無用だったのではない、と作者の衿沢世衣子は言いたいのではないかと私は思う。

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引用:『うちのクラスの女子がヤバい』Kindle版第2巻 P.99

作中でも何度か繰り返し描かれるように、無用力は、ある日突然失われてしまう。
思春期の瑞々しい感性もいつしか失われる。
『うちのクラスの女子がヤバい』を読んでいると、ふわふわした世界観の中で、読者の誰もが経験的に知っているありふれた出来事と、その中に当たり前の顔して入ってくる無用力とのギャップが話を面白くしているが、本当の無用力は花が咲いたりお尻が光ることではなく、この年頃独特のきらめきであることにいつしか気づいて、1年1組のことが本当に愛おしくなる。
完結したのは残念だけど、まだまだ続きを読みたい、新しい1年1組の話も読みたいと思いました。