I think so./I feel so.

漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

『1984年のUWF/柳澤健』の感想

UWFを再検証!柳澤健「○○○○年の××」シリーズ最新作

1984年から1990年まで、日本のプロレスにおける一大ムーブメントとなった「UWF」。UWFはプロレスの枠組みを超え、異様な、しかし奇妙に静かな熱狂をプロレス会場にもたらした。ファンにとってUWFは思想であったし、自分は通り一遍のプロレスファンとは違うことを示す旗印であったとも言える。
なぜレスラーは相手をロープに飛ばし、飛ばされた相手はご丁寧に戻ってくるのか。
なぜ反則行為は4秒間許されるのか。
なぜレフェリーはあからさまに握られた凶器を見過ごしてしまうのか。
プロレスにおけるさまざま「不条理」を排し、より純度の高い格闘たらしめようとしたのがUWF、というのが大方の理解であったと思う。
しかしそれは本当にそうだったのか?
UWFの出自から終焉までをさまざまな視点で追ったのが『1984年のUWF』である。
プロレスや総合格闘技ファンとしては大変面白く読めたのでその感想を書きたいと思う。

1984年のUWF (文春e-book)

1984年のUWF (文春e-book)

1984年のUWF

1984年のUWF


新日本プロレス発・総合格闘技行き」のUWF

UWFの出自自体は新日本プロレスの内紛であり、ゴタゴタの中でアントニオ猪木新間寿に新日プロからスピンアウトさせられた前田日明ラッシャー木村剛竜馬らを中心に旗揚げされたのがいわゆる「第一次UWF」である。
単なる新興のプロレス団体にすぎないUWF初代タイガーマスクとして一世を風靡した佐山サトルが参加することで団体の運命が大きく変わる。新日本プロレス在籍時から格闘技志向の強かった佐山はUWFを、プロレスを当時の佐山が頭に思い描いていた総合格闘技へと変化させるためのひとつのステップに変えようとする。その試みは他のレスラーたちの反発により頓挫する。
前田日明らは第一次UWF崩壊後は新日本プロレスに戻り、佐山が考案したレガースを装着するといった見た目も含めたファイトスタイルだけを取り入れ、新日本プロレス勢と抗争を繰り広げる。しかし相手あってのプロレスということが理解できていない前田日明による長州力への死角からの無法蹴撃が発生し、前田は解雇。これをきっかけに第二次UWFが発足する。瞬く間に大ブームとなった第二次UWFだったが、やはり前田が起点となる内紛により分裂した。
その後紆余曲折を経て、UWFに関わったものたちがやがてリアルファイトである総合格闘技の原点を作り出していった。

UWFは「架け橋」

柳澤健UWFを「総合格闘技の扉を開いた」「プロレスと総合格闘技の架け橋」としている。
ときに異常な真剣勝負を戦い抜いたアントニオ猪木(『1976年のアントニオ猪木柳澤健』に描かれる)が立ち上げた、競技としての真剣勝負ではないはずの新日本プロレスからデビューし、マーケティング施策としての「真剣勝負」をいわばキャッチコピー的に扱ったUWFを経由して実際にリアルファイトに踏み出すものが現われたことを考えれば、その表現は全く正しい。
もしUWFがなかったら、というよりも、UWF佐山サトルが参戦しなかったらUFCもなにも存在し得たか疑わしいと私は思う。
総合格闘技そのものが世に出ているかもあやしいのではないだろうか。

前田日明に対する厳しい視線と高田延彦への高評価

UWFの両巨頭・前田と高田。両者に対する柳澤健の視線は全く両極端なものになっている。前田に対してはわずかに人柄を評価するものの、レスラーとしては非常に低く評価する。
たしかに前田はプロレスが圧倒的に下手くそに見えたし、第二次UWFでもリングスでも一貫してコンディションが悪かったと私も思う。ただその下手くそなところが逆に危険なイメージを醸し出していた。前田最強幻想は確かに持ちやすかった。
対して高田は結果はヒクソン・グレイシーに二度に渡り惨敗したもののプロレスのイメージを守るためにリアルファイトに踏み出した。柳澤は格闘技ライター・堀江ガンツ氏の言葉「高田こそUWF」をそのまま書き、自身のことばでは「勇者」と書くことで賞賛する。
私のような古いプロレスファンからするとグレイシー柔術ヒクソンに敗れた高田はプロレスの面汚しであり、前田はリスペクトすべき格闘王と見てしまいがちだが、ことリアルファイト経験で考えれば前田は真剣勝負のリングに上ったことは一度もなく、(逸脱した試合はあったものの)プロレスしかしていない。あれほどUWFのイメージで売ってきたにも関わらず、前田はUWFに殉じることはなかった。
本作における前田日明への厳しい視線はそのあたりが原因ではないかと考える。

UWFと私

最初にUWFについて知ったのは小学6年の時、第一次UWFが崩壊し前田日明藤原喜明高田伸彦(延彦)・山崎一夫木戸修らが新日プロにUWF軍団としてカムバックしてからである。長州が移籍したりハンセンやブロディ、ロード・ウォリアーズやグレートカブキのいる全日本プロレスのほうが本当は面白いんじゃないかと思いかけていたところだったが、チキンウイングフェイスロックやアキレス腱固め、膝十字固めなど、その当時のテレビ中継される試合では見たこともないような関節技で星野勘太郎が悲鳴を上げさせられ、新参者の越中詩郎が蹴りでサンドバッグにされる姿に異常に大興奮、やっぱり新日は面白えなと思い直した。
中継の翌日はバカ男子全員でアキレス腱固めや脇固め、チキンウイングフェイスロックの練習に勤しんだ。あー懐かしい。多分こんな小学生中学生が日本全国津々浦々にいたんだろうなと思う。
だからこんなマニアックな本がヒットするんだろうな。。。あの時のバカ男子がこぞって読んでるに違いない。



柳澤健の「○○○○年の××」シリーズは他にもこんなのがあります。どれもおすすめ。

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

1964年のジャイアント馬場

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1993年の女子プロレス (双葉文庫)

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