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I think so./I feel so.

漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

別冊マガジン2014年3月号『惡の華/押見修造』第54話の感想

レビュー 感想文 惡の華 漫画 悪の華 別冊マガジン 読書 押見修造

答えのない答え合わせ

銚子の海岸で、長年の心の澱である「あの夏、あの櫓の上で、なぜ自分は突き落とされたのか?」を直接問いただす春日くん。
仲村さんの答えは?


別冊マガジン2014年3月号『惡の華、/押見修造』第54話のあらすじ

※ネタバレ注意

海岸に現れた仲村さんに「あの時ぼくを突き飛ばしたのはなぜ?」と問いただす春日くん。

さあ
わすれた

と返す仲村さん。
言いながら右手を前に差し出す。
春日くんも右手を差し出し、手のひらと手のひらが合わさる。
手を持ち替え、春日くんの手のひらの中心を親指で押すようにしながら

キミは
つきあってるの?
その人と

と問う仲村さん。
うん、と答える春日くんに

よかったね
そうやってみんなが行く道を選んだんだね

と仲村さんは言う。

仲村さんは?と問う春日くんに、がんばってね、と答える仲村さん。

常磐さんが割って入る。
私はあなたと何の関係もないけれど、と言いながら

あなたを見てると
悲しくて…つらい
…同情とかじゃない
まるで過去の自分の見てるみたいだから

続けて

あなたには
春日くんと生きていく道がある
だってあなた達は
誰よりも…
きっと…
もしふたりで生きていけるなら それがいちばん…

泣きながら春日くんを振り返る。

いちばん…

去ろうとする仲村さんに追いすがり、叫びながら引き倒す春日くん。引きずり上げて、また投げ飛ばす。

僕は何もつかまえられない

手を伸ばしても触れたら離れていく、辿り着いてもまた始まる、と言いながら

僕はうれしい
仲村さんが消えないでいてくれて

仲村さんの右拳が春日くんの左頬にめり込み、倒れる春日くん。春日くんの右手を引き上げながらサッカーボールキックを見舞う。波打ち際、手のひらで春日くんの顔面を押さえる仲村さん、止めに入る常磐さんも春日くんに引きずり込まれる。

楽しげに、夢中で取っ組み合いをする三人。

日が暮れ、三人は波打ち際で横たわる。仲村さんが言う。

春日くん
二度とくんなよ
ふつうにんげん

ありがとう


クソムシの海、ふたたび

再現されたクソムシの海事件。
前回のクソムシの海事件と、決定的に違う部分があります。どこでしょうか?
日没と日の出、今回は三人、それも正しいでしょう。しかし、もっと大きな違いがあります。
前回は変態世界でしか息のできないふたりが描かれました。それは春日くんと仲村さんふたりが思春期に入り、自分を解き放てる場所はここだと目覚めたことを祝う祭りでした。
今回は違います。描いたのはかつて住み心地のよかった変態世界、つまり思春期からの春日くんと仲村さんの卒業、それを祝う祭りです。


最後のセリフを発したのは誰か?

誰が発したのかわかりにくくなっている最後のセリフ「ありがとう」。
これが春日くんのセリフであるなら、拘泥し続けた仲村さんへのお別れの言葉だと思います。
仲村さんだとするなら、ぐるぐる回る美しい世界を知ることと引き替えに見失った自分の原点を、今ここで思い出させてくれた春日くんへの「二度とくんなよ、ふつうにんげん」から続くお礼とお別れの言葉。
常磐さんなら?
二人の世界に入れてくれてありがとう、だと思います。
このように誰のセリフであっても破綻なく読めますが、流れからすると春日くんなのかな、と思います。


月光の囁き

三人の関係性は、これを思い出しました。

もちろんまんま同じように着地するとは思いませんが。


仲村さんの目

途中で見せた三白眼は物語では久しく登場していないルドンの惡の華のようでした。彼女もまた、惡の華…罪の意識にとらわれていたのでしょうか。それとも彼女自体が春日くんの惡の華であったのか。


「一歩先行く仲村さん」としての常磐さん

常磐さんは「思春期のモヤモヤから一足先に抜けかかった仲村さん」だと私は考えています。だからかつての自分のように、本当の自分を隠して仮面を被っているような今の仲村さんを「悲しくてつらい」と見破りました。


春日くんよどこへ行く?

春日くんは答えを得たのでしょうか?
捕まえてぶん投げても「消えてなくならない仲村さん」というのが、彼の得た答えなのでしょう。仲村さんという朧気な存在を、フィジカルに、明確に認識できたことが収穫でした。
しかし仲村さんと結びつかないことは、ラスト3ページで仲村さんと手が繋がれていないことから読み取れます。前に春日くんが言ったように、好きとか嫌いとかそういうのではないのです。
私は、やはり常磐さんと生きる道を春日くんが自分の「いちばん」として選んだのだと思います。


とはいえ

来月にならないといろいろとわからないですね。三人が三人ともそれぞれの道を歩むのかもしれませんし、クソムシの海の時も、次の回では仲村さんと手を繋いで歩く訳ですし。
いきなり何年後かに飛ぶのもありそうですが。。。流石にそれは若干もやもやしそうですね。


似た場面や立ち塞がる過去やぐるぐるなどの表現

今回以外にもあった中学編と高校編で繰り返される場面やエピソード、春日くんが常磐さんに語った巡り巡って立ち塞がる過去といった表現や仲村さんの「ぐるぐる」、作者がこの物語を通して意図的に「輪廻」や「環」をイメージさせる演出していると思いました。


水の粒の意味

水の粒にも意味があるとは思いますが、水の粒の集合体が水で、それが世間で、そこから飛び出した、あるいははぐれたのが水の粒たる仲村さんや春日くんや常磐さん…とかなんとか、うまくまとまらないのでもう少し考えたいと思います。