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I think so./I feel so.

漫画や映画など読んだもの・見たもの・聞いたもの・使ってみたものや普段の生活に関する感想文です。内容は一個人である私の思いつきに過ぎません。

角川文庫『道徳という名の少年/桜庭一樹』の感想

  • 書名:道徳という名の少年
  • 著者:桜庭一樹

書店で行儀よく平積みされてた新刊文庫の中で圧倒的なやらしさを表紙から立ち上らせていて、抗えずに買ってしまった。いわゆるジャケ買い。ああ大人万歳。何百円ならうりゃりゃっ!て出せる幸せ。読み終えて今どうなってるかというと、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『少女七竈と七人の可愛そうな大人』を買い、『砂糖菓子』は読み終え、これから『七竈』にとりかかるところ。

感想

※ネタバレしているのでご注意願います。
不道徳極まりない「町いちばんの美女」から始まる、一族の年代記的な5つの短編で構成されている。
『1、2、3、悠久!』では、敬虔なクリスチャンばかりが住む街で町いちばんの美女が、父親のわからない子を午前零時に次々と、女/女/女/女と産む。上の子から「1」「2」「3」と名付けられ、4番目の女の子は「悠久」と名付けられた。母親である全く不道徳な美女は、今度は旅の商人と駆け落ちし、身寄りのない4人は生きるためとはいえ四姉妹はそろって娼婦となる。そこに母が男児、四姉妹の弟を連れて戻ってきた。戻ってきた母や日に日にその美貌を失い、醜く太っていく。この母親はどこまで不道徳なのか?悠久と弟は何時の日か愛し合うようになり、悠久は身ごもる。親が親なら子も子だよ!弟は「生まれてくる自分と姉との子供のために」母の眠る部屋に午前零時に松明で火をつける。燃える家にめずらしく雪が降り、教会の鐘の音が激しく鳴り響く。修道士が金切り声を上げる。「悔い改めよ!」と。悠久は自分に、母に、上の姉たちに似た薔薇のかんばせの男の子を産んだ。名前を何にしようか四姉妹で考える。自分たちと母は、生涯何と戦ってきたのか?それをこの子の名前にしようと決める。子は「道徳<ジャングリン>」と名付けられた。
道徳と戦ってきた不道徳な母と四姉妹の血を引く子の名前が「道徳」という不道徳な冗談。
『ジャングリン・パパの愛撫の手』は戦争で両腕を失ったジャングリンに愛されながらも、ジャングリンの両腕の代わりに何くれとなく世話をするジャングリン・パパの痩せ細ったカサカサの腕を、子供の頃から偏愛していた雑貨屋の娘のストーリー。ジャングリンの妻となり、夜になると不道徳なセックスが始まる。ジャングリン・パパはジャングリンの失った腕の代わりに雑貨屋の娘を愛撫する。ジャングリンのためなのか不道徳な母の血のなせる業か?その愛撫に溺れた雑貨屋の娘にはジャングリン・パパの死後もその幽霊が見えてしまう。ジャングリンは結局、雑貨屋の娘には愛されていないのだ。不幸。
『プラスチックの恋人』はジャングリンと雑貨屋の娘の息子・ジャングリーナについて語られる。道徳を軽視するジャングリーナは、ジャングリンを殺して埋めて都会に出て、歌手としてスーパースターになる。追っかけの女の子を気まぐれに抱き、首を絞めて殺し、ベッドに転がる死体を見ながらアルバム「道徳の奴隷」を完成させる。スーパースターは歌うほどに孤独を加速させる。ジャングリンは息子ジャングリーナからも愛されていない、やはり不幸。
『ぼくの代わりに歌ってくれ』は戦争の最前線に送られて死ぬ、ジャングリーナの息子・ジャンが死ぬ間際に見る不滅の魂が描かれる。尻ポケットに入れた書きかけのラヴ・レターは、世界のどこかにいる無数のジャンに似た少年が続きを書こうとしていることを悟り、愛なるものの歌を歌ってくれと祈りながらジャンは死ぬ。四代に渡る不道徳は五代目のジャンが戦場で命を散らすことにより、すべての少年たちが引き継ぐ不滅の魂となる。夭折の美しさ。
『地球で最後の日』ではジャンの死後、ぶくぶく醜く太る運命から逃れられないジャングリーナの死を、悠久以外の四姉妹の誰かの子孫であるミミと、友人のクリステルが目撃する。ジャングリーナの死を目撃したふたりは、この世から永遠に失われたうつくしいもののために泣き続ける。
ミミはバターのような目をしている。この目は旅の商人からジャングリン・パパ→ジャングリン→ジャングリーナと受け継がれたもののはずが、なぜこの子がその目を受け継いでいるのか?語られない不道徳がここにもありそうだ。

父の分からぬ子、近親相姦の子、倒錯した愛に生まれた子、少年のまま何もなしえずに死ぬ子。不道徳な、道徳と戦い続ける一族の年代記。道徳に勝ったのか負けたのか、それはどっちかわからない、でも戦争という個人にはどうにもならない「リセット」みたいな不可抗力でジャンが死に、悠久からの血脈は途絶える。
桜庭一樹の本を読んだのは初めて。とても面白く読んだ。はじめは薄ぼんやりした伝説のような輪郭のはっきりしない感じが、年代が下るにつれて明確に固まっていく感じが面白かった。短い時間で「物語」を読みたい!という時にピッタリだと思う。